電子書籍のプラットフォーマー、変革を語る
2017年2月9日00時28分
電子書籍配信プラットフォーム「ブックウォーカー」や「dマガジン」を手がけて出版界の電子化をリードするKADOKAWAの角川歴彦会長に、デジタル対応に伴って進めた変革について聞いた。(インタビューは2016年12月13日)
――自社の電子対応の重要性をなぜ感じたのですか。
「2012年の8月、今は楽天傘下になったカナダのコボがまずうちに来た。10月に米グーグル。11月はアマゾンで、翌年3月がアップルかな。夏から春までの間に全社が日本に電子書籍を持ち込もうとして、協力を求めてきた」
――すぐに応じましたか。
「いや、条件をつけた。日本の出版界が標準にした文章を縦書きできるフォーマットで出すなら提供すると。僕は『これは電子書籍元年だ』と思い、いち早く3万点を電子書籍にすると、そこに投資しようと決めた」
――自らアマゾンのキンドルのようなハードを出したり、プラットフォーマーになることを考えたりしましたか。
「もちろん考えた。三つの選択があった。コンテンツを提供するプロバイダーに徹するか。電子書籍の専用ハードを出すか。それから、その中間になるプラットフォーマーになるか、と」
「自分からハードを出そうと考え、電子インクの技術を持っていた台湾のメーカーを回った。でも、なかなか難しい技術だと思った。単色だし。それからアップルのiPhoneやiPadといった汎用(はんよう)機が出ているなかで、これはなかなか難しいと僕は踏んだ」
――それでプラットフォーマーへの道を選んだと?
「講談社、小学館、集英社に『お互いに連携してプラットフォーマーになって、それで黒船の対抗馬をつくりましょう』と話した。だが、結局決断をしたのはKADOKAWAだけ」
――そこで生まれたのが電子書籍配信サイトの「ブックウォーカー」ですね。
「そうだ。おのずからKADOKAWAが得意だったライトノベルが中心に、テキスト本から漫画へ広げていこうとした。今でもライトノベルが強い」
――アップルやアマゾンがプラットフォーマーとして、日本市場を席巻することに危機感をお持ちだったのですか?
「そう。米国で電子書籍事業が先行して進む中で、アマゾンの独占状況が生じ、アップルと出版大手5社との間で(電子書籍の価格をつり上げる)カルテル問題が起こった」
――だから、彼らの思い通りにさせないと。
「それはそうだ。一方、黒船に負けないようにすることで、自分が変われるんだ、という考えがあった。最近はこれを『黒船効用論』と言っている」
「出版界はすでに制度疲労が言われていた。統計を見れば17年間、売り上げ減が続いている。そこに電子書籍が一石を投じられるのではないかと思った。業界の一部は、電子書籍も(出版社が価格を決め、書店が定価で売る再販売価格を維持する)再販制度を認めろ、という運動をしようと言っていたが、せっかく電子書籍によって紙の業界の慣行がただされるチャンスを放棄するのに反対だった」
――アマゾンの読み放題サービス、キンドルアンリミテッドに参加しませんか。
「アンリミテッドが今後、主流になるかもしれない。だけども、行く末を見てみたい。昨年8月に訪米したが、親しい米アシェット社もアンリミテッドに参加していない。米大手出版社が参加して、『いいですよ』という話が出ればその段階で考えればいい」
――キンドル向けに直接出版する作家が、米国で増えましたが。
「作家側がアマゾンで直接出版すれば、道義上も他の出版社は扱わない。そうするとアマゾン以外では売れず、機会損失になる。そこまでして、アマゾンとつきあう理由はないだろう」
――だから、日本では広まっていないのですか?
「そう思う。また、作家と編集者の関係もある。作家によっては、言葉遣いまで編集者に依存している。自分が書いたモノがそのままアマゾンで商品になるなんて薄ら寒いのではないか。どの言葉が差別用語になるのかもわからないだろうし」
――手がけるNTTドコモのdマガジンが好調ですね。
「僕らはドコモを説得して、プラットフォーマーとしてのマージンを極力少なくして、コンテンツに返すようにしている」
――ドワンゴと経営統合に至ったのは世間を驚かせました。だが、まだ多くの事業が合併しないままです。
「提携、統合、合併と言っている。提携は長かった。だから統合ができた。合併というのはこれから業態が融合し始めて、現場からも合併のほうがよいのではというのが出てくる。合併は社員レベルでやってもらいたいと思っている」
「はっきり言うと、どれだけKADOKAWAの人間をデジタル化するかというのがテーマだ。アナログ人ばかりだった。デジタル的な感覚が本当に今、必要だ。いつまでも根回しでやって、調整、調整というのが大企業病を生んでいる。大企業病を排するためには、デジタル化しかない」
――統合も「黒船効用論」ですか?
「そうだ。ドワンゴは全部デジタル。一緒になって、デジタル化のスピードを上げようと思った。KADOKAWAから見ればデジタル化のスピードが上がれば、それでいいと」
――電子化が進み、紙の書籍は売れなくなるのでしょうか?
「アメリカではこの3年、3%くらいずつリアルの本や出版社の売り上げが伸びている。これは日本の出版社、出版界にも必ず来ると思う」
――日本でも電子書籍の成長鈍化はありそうですか。
「ある。僕は電子が占める割合は3割が限界だなと思う。僕は米国で大手出版4社が倉庫を巨大化しているのを見に行った」
「彼らの言い分だと独立系書店が画一的な売り方ではダメだと自覚し始めたと。それからもう一つ。書店が新刊だけでなく既刊も売れることに気づいた。そうだとすると、日本の出版社も既刊本を書店に売っていくことが重要になる」
――埼玉に建設中の倉庫はそのための布石ですか。
「それもある。出版界の将来を悲観していたらあんな投資はできない」
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かどかわ・つぐひこ 1943年生まれ。早大政経学部卒、角川書店(現KADOKAWA)入社、副社長、社長を経て、10年からKADOKAWA取締役会長。著書に「グーグル、アップルに負けない著作権法」(KADOKAWA)など。
http://digital.asahi.com/articles/ASK1P02R8K1NUHBI06C.html?_requesturl=articles%2FASK1P02R8K1NUHBI06C.html&rm=496