賃貸問題

家賃滞納70代独居老人を「強制執行」で追い出そうとしたが…

1/7(火) 9:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

不動産投資において、最大のリスクは「空室」ではなく「家賃滞納」であるといっても過言ではありません。本記事では、株式会社CFネッツ代表取締役兼CFネッツグループ最高責任者・倉橋隆行氏監修の書籍『賃貸トラブル解決のプロと弁護士がこっそり教える賃貸トラブル解決の手続と方法』(プラチナ出版)より一部を抜粋・編集し、実例とともに「賃貸トラブル」の予防策や解決法を具体的に解説します。契約解除から建物明渡の強制執行までの流れ

物件

東京都〇〇区ワンルームマンション

平成19年契約開始

借主T 男性(70代)一人暮らし・無職

連帯保証人 男性(60代)借主の知人

まず初めに、家賃を滞納して、民事訴訟を提起して、建物明渡の強制執行を実施するという、基本的なパターンをご紹介いたします。

借主Tは、一人暮らしの70代男性です。平成19年に当社との間で東京都にあるワンルームマンションの賃貸借契約を締結しました。当社の管理物件は約7000戸ほどありますので、私のところにあがってくるのは、家賃を支払っていないとか、契約上のトラブルがあるとかいう場合なので、私も今回の借主Tを、平成27年に家賃滞納が始まって、初めて知りました。

契約開始から7~8年くらいの間は、真面目に毎月家賃を支払っていたのですが、平成27年のある日、家賃滞納が発生しました。私が借主Tへ電話をしても、手紙を送っても、全く連絡も支払もありません。

建物を訪問したときは、玄関ドアの蝶番にセロハンテープを貼り、ポストへ封筒を投函し、そして後日、あらためて物件を訪問したときに確認しますと、セロハンテープがちぎれ、ポストの中の封筒がなくなっていましたので、建物に出入りはしているのだろうけれど、2ヵ月間、何の連絡も支払もないという状況が続きました。

こういった場合には、法的手続にて解決を図りますので、「あなたは当社に対し、2ヵ月分の家賃を滞納しています。この2ヵ月分の滞納家賃と来月分の家賃を〇年〇月〇日までに支払ってください。もし支払わなければ、支払期日の翌日をもちまして、契約解除します」という内容の通知書を作成しまして、その通知書を内容証明郵便で発送し、また、その内容証明郵便で発送した通知書のコピーを特定記録郵便で発送、そして同じく通知書のコピーを建物のポストへも投函、このような流れで借主Tへ賃貸借契約解除の催告をしました。

その後、借主Tからは、支払も連絡もないまま、通知書に記載した支払期日を過ぎましたので、賃貸借契約を解除しました。通常、賃貸借契約の借主に対し、契約解除の通知書を送ったものの、滞納家賃の支払はなく、契約解除日を過ぎても、まだ借主が建物に居座っているという場合、建物明渡の請求と滞納家賃の請求の民事訴訟を提起します。

裁判所へ提起する際は、当社が訴えている内容を記載した訴状と、その証拠となる証拠書類のコピー、証拠説明書、当社の資格証明書、建物の全部事項証明書、建物の固定資産評価証明書、必要分の切手と収入印紙を、裁判所へ提出します。

ちなみに、訴状一式の提出は郵送でも問題ありませんが、初めて訴状を提出する方は、実際に裁判所に持って行ったほうが、書記官から「ここが違いますよ」とか、「こういうふうにしたほうが良いですよ」と教えてもらえますため、裁判所へ持って行くことをお勧めします。

訴状を郵送したあとは、裁判所の担当書記官から、連絡があるので、それを待ちます。

裁判所は、訴状や証拠書類等の内容を見て問題がなければ、事件を受理します。事件受理されれば、裁判所の担当書記官から「〇月〇〇日に、第1回目の口頭弁論を、裁判所での〇〇〇号法廷で行います」という連絡が来ます。裁判所は被告に対し、それと同じ「〇月〇〇日に第1回目の口頭弁論を行います」という呼び出し状と、当社が作成、提出した訴状一式を郵送します。

この第1回目の口頭弁論の日時が決定した日から、第1回目の口頭弁論が行われる日までの間に約1ヵ月くらいの期間があります。もし、裁判所が被告に対し発送した呼び出し状と訴状一式を、被告が受け取らなかった場合や、受け取るのが遅くなった場合は、口頭弁論の日時が約1ヵ月ほど延期されます。そのため、裁判所での口頭弁論が行われる日が、こちらが裁判所へ民事訴訟を提起した日から、2ヵ月先であったり、3ヵ月先であったりすることがあります。その点も見越して早目早目に手を打っておかないと、滞納家賃が膨れ上がりますので注意が必要です。

口頭弁論を「無断欠席」してしまうと…

さて、世間一般でイメージされる「裁判=口頭弁論」の流れですが、「滞納している家賃を支払え、建物を明け渡せ。」という内容のため、通常、次の2パターンとなります。

1 被告が答弁書を提出せず、口頭弁論を無断欠席した場合は、こちらの主張が認められる→勝訴判決

2 被告が口頭弁論へ出てきて、「私が悪かったです。すみませんでした。これから分割で滞納家賃を支払います」と言って、話し合いがまとまった場合→和解成立

この判決もしくは裁判上の和解成立で、債務名義取得となり、ここで初めて強制執行や差押が可能となります。

判決言い渡しから控訴するまでの2週間の期間を「控訴期間」といいますが、これは〝判決が言い渡された日から2週間”ではなく、裁判所が原告被告へ郵送した判決書が、原告被告それぞれへ到達してから2週間となります。原告被告のどちらかが、裁判所が送った判決書の受け取りが遅れますと、控訴期間は延びます。そのため、家賃を滞納している借主である被告が、裁判所から送られてくる判決書をなかなか受け取らないと、その間、滞納家賃はさらに膨れ上がります。

今回の借主Tのケースに戻りますが、第1回目の口頭弁論が裁判所で行われましたが、借主Tは、答弁書を提出せず、また無断欠席しました。被告(=借主T)が答弁書を出さず、口頭弁論を無断欠席しますと、裁判所は原告(=当社)の主張を被告(=借主T)が認めたと判断します。これにより、この第1回目の口頭弁論の日をもって、終結することとなりました。

余談になりますが、もし、皆様が、いきなり身に覚えのないことで被告となって、裁判所から口頭弁論の呼び出し状や訴状が郵送されてきた場合、理不尽な内容だとか、全く知らないことだといって、口頭弁論を無断欠席してしまうと、原告の主張がそのまま認められてしまいますので、必ず裁判所での口頭弁論へ出るとか、もしくは裁判所から郵送されてくる呼び出し状には、〝あなたの言い分を書いてください”という「答弁書」も同封されていますため、「原告の主張はおかしいです。私は、全く身に覚えがありませんため争います。主張は追ってします。第1回目の口頭弁論は都合により欠席します」といった答弁書を裁判所へ提出しておけば、通常、第1回目の口頭弁論で終結するということはありません。裁判所を通じて訴えられた場合は、必ず何かしらの反応をしておかないと、原告の主張がそのまま通ってしまいますので、気をつけてください。

さて、借主Tは無断欠席しましたので、口頭弁論はその日で結審となり、「建物を明け渡せ。」「滞納家賃を支払え。」「建物明け渡しまでの損害金を支払え。」という内容の判決が言い渡されました。

判決書(図表1)が、裁判所から借主Tへ送達されてから2週間、借主Tからは控訴が出ることはなく、控訴期間満了となりました。なお、控訴期間が満了して、判決が確定したからといって、貸主が勝手に、室内の荷物を撤去処分することは、「自力救済」にあたり、違法行為となります。建物明け渡しの手続も、建物所在地を管轄する地方裁判所へ強制執行の申立てをする必要があります。

強制執行後、そのまま路上で死亡する可能性が高い⁉

建物明渡の強制執行の流れですが、裁判所へ申し立てした後、強制執行を担当する執行官と建物訪問日時の打ち合わせをします。

その後、打合せした訪問日時に、執行官、強制執行の立会人、執行補助業者、債権者である貸主が建物を訪問し、室内を確認します。たいていは、債務者がまだ建物に居住していることがほとんどのため、執行官は、その訪問した日から約2~4週間後を第2回目の訪問日時に設定し、その第2回目の訪問日時に建物明渡の強制執行を行うことを、債務者が在宅中ならその場で告げ、また合わせて室内にその内容を記載した文書を貼りつけて、建物から去ります。これを、建物明渡の強制執行の催告と呼びます。

なお、もしこの第1回目の訪問時に、室内に居住の様子や出入りの様子がないと執行官が判断したときは、この日をもって、建物明け渡しが完了となります。

そして、第2回目の訪問時、第1回目の訪問時と同じく、執行官、強制執行の立会人、執行補助業者、債権者である貸主が建物を訪問し、室内にある荷物を全て撤去します。これを、建物明渡の強制執行の断行と呼びます。

今回のケースに戻りますが、11月下旬、執行官と、強制執行の立会人、執行補助業者、鍵開錠技術者と一緒に建物を訪問しました。

執行官が、まず玄関ドア横のインターフォンを押し、「ピンポン」という音が室内に鳴りましたが、何の応答もありません。留守か、居留守かどちらかはわかりませんが、執行官が大声で呼びかけても、相変わらず室内から応答はありません。

そのため、玄関ドアの鍵を、鍵開錠技術者が開けますと、玄関ドアにチェーンロックがかかっていましたため、「借主Tは在宅中で、ただ単に居留守をつかっているだけだな」と、その場にいた全員が思ったのですが、玄関ドアの隙間から、執行官が「すみません! 借主Tさん!!」と大声で何度も呼びかけたにもかかわらず、応答は全くありません。借主Tは、70代の男性で、世間一般では高齢といわれる年代のため、室内での孤独死ということも考えられます。そのため、玄関ドアのチェーンロックを開錠し、不安を感じながら、室内へ入って行きます。

建物は、20㎡弱のワンルームマンションでそれほど広くはないため、廊下を抜けると、布団の中で寝ている借主Tがすぐに見つかりました。ちょうど11月下旬の寒い時期なので、風邪でもひいて寝込んでいるだけだろうと、その場にいた一同、安心したのですが、借主Tの顔をよく見てみると、単なる風邪ではないことがひと目でわかりました。

借主Tの顔は真っ赤に火照り、目の周りは赤黒く大きく腫れ上がっていて、目が見えていないのではというくらいの状態です。どう見ても重い病気にかかっているようにしか見えません。執行官が借主Tへ、今日訪問した事情を説明するべく話しかけるものの、借主Tは布団から上半身を起こすことがやっとで、立つこともできない、そんな状況です。

すると執行官は借主Tへ、「1ヵ月後の12月〇〇日に、強制執行しますので、それまでに出ていってくださいね。もしまだ部屋の中にいらっしゃっても、中の荷物を全部出しちゃいますからね」と冷静に言い放って、「12月〇〇日に強制執行をする」という内容の文書を、居室スペースの壁に両面テープで貼り付け、室内から立ち去って行きました。

私も、そんな執行官のやり取りを傍で見ていたのですが、建物の前の道路で、執行官からこんなことを言われます。

「もしこの債務者さん(=借主T)、このままの状態ですと、1ヵ月後の強制執行はできませんね。」

通常、建物明渡の強制執行の断行時、もし債務者が室内にいた場合、執行官の判断で債務者を外へ出すことができます。ただし、今回の借主Tの場合、強制執行の断行時に、無理やり外へ出した場合、そのまま路上で死亡する可能性が非常に高いとして、「そういうことが事前に分かっている場合、強制執行はできません。」と執行官から言われます。

さて、この借主T、重い病気にかかっており、治る見込みもなさそうなので、このままいきますと、1ヵ月後の強制執行ができません。その後、もし、借主Tが室内で亡くなると、これは最悪のケースです。

私は、執行官から「このままの状態だと、1ヵ月後の強制執行ができない」と言われました。では、「このままの状態」ではないようにすれば良いのでは? と考え、強制執行前に、借主Tがこの建物からどこかへ引っ越していれば、強制執行はできるはずです。どうしようかといろいろ考えましたが、まずは区役所へ相談し、借主Tの転居先を斡旋してもらうことにしました。

家賃滞納トラブルでは積極的に役所の支援を求めるべき

早速、区役所の福祉事務所へ、「1ヵ月後に強制執行があります。室内にいる方は70代のおじいさんで、私が見るとかなり重い病気で、このままですと非常にまずいです」と電話で相談しますと、福祉事務所は、「状況はわかりました。すぐに対応します」と、心強い返事をもらうやいなや、福祉事務所から、区役所の委託先で民間団体の高齢者向けの支援センターである「地域包括支援センター」へ連絡がいきました。

強制執行の催告日から3日後、同センターの担当者と建物前で待ち合わせすることになり、私が建物前で待っていますと、社会福祉士の20代後半ぐらいの男性担当者が現れ、私がこの男性担当者へ、借主Tの現在の状況を説明しますと、男性担当者「状況はわかりました。緊急性が高いので、私がこれから借主Tの状況を見てきます。ちょっと待ってください」と室内へ入っていきます。私が玄関の外で20分ほど待っていますと、男性担当者が戻ってきまして「やっぱり、借主Tは入院の必要がありますね。強制執行は12月〇〇日ですよね。何とかします。任せてください」とても心強い返事が返ってきます。

それから1週間経って、私が男性担当者へ「借主Tの件、その後どうなりましたか?」と電話で確認しますと、男性担当者「ああ、あの方なら3日くらい前にもう〇〇病院へ入院させましたよ。」との回答。手際の良さに大変感心しました。

こうして無事、借主Tがこの建物からいなくなったため、早速執行官と執行補助業者へ、「あの建物の借主Tを入院させました。もうあの建物には住んでいませんので、強制執行ができます!」と電話連絡します。

すると、執行補助業者から「まだあの室内にはいろいろな家財が残っていて、たとえば小銭のようなお金とか、大切にしていたような写真にアルバム、あと、借主Tのお母さんの位牌もありましたので、そういったものは強制執行のときに処分できなくて、保管になる可能性が高いです。そうすると、さらに保管費用がかかってしまいますよ」との教え。こちらの執行補助業者は、当社と長年懇意にしているため、何かとアドバイスをいただけます。

「では、保管費用がかからないためにはどうすれば良いのでしょうか?」と聞くと、

「借主Tから、『室内に残されている動産をすべて放棄します』という動産放棄書に署名押印をもらって、それを執行官へ提出すれば大丈夫ですよ」と言われます。

「ちなみに、もし保管すると費用はいくらぐらいですか?」

「まあ、あの荷物だから、ざっと10万円くらいですかね」

保管費用が約10万円かかるとのことですが、恐らくこの借主T、今後、入院先でお亡くなりになる可能性が非常に高いです。失礼な話ではありますが、その借主Tの動産を、当社が10万円の費用をかけて保管するのはどうかと思い、借主Tから動産放棄書にサインをもらったほうが良いと判断しました。

先ほどの社会福祉士の男性担当者へ、借主Tの入院先を確認し、借主Tがいる病室を訪ねました。

病院のベッドの上で寝ている借主Tからは、さらに病状が悪化しているらしい様子が見て取れましたが、私は何とか借主Tの耳元で説明をして、動産放棄書にサインをもらいました。

こうしてようやく借主Tから動産放棄書にサインをもらいましたので、執行官へ提出し、12月〇〇日、無事に建物明渡の強制執行は完了しました。このときの強制執行調書は[図表4]のとおりです。

あとは、滞納家賃と強制執行費用を回収する必要があります。借主Tはもうこういう状況で、借主Tからの回収は困難なため、連帯保証人からの回収となります。

連帯保証人は、借主Tの元の勤務先の同僚で、60代男性です。私も、家賃滞納発生当初、連帯保証人へも請求していましたが、「連帯保証人になったのは、もう何年も前のことだから、俺には関係ない」「俺は、今はもう仕事もしていないから、支払う金などない」みたいなこと言って、支払を拒んでいたことを覚えています。ただし、そうはいっても、回収をしなければなりません。

連帯保証人は、現在年金暮らしで、賃貸マンション住まい、特に差し押さえるものは見当たりません。こういった場合、高圧的に請求しても支払ってもらえる可能性が低いため、請求対象者に対峙するのではなく、ともに寄り添って走る仲間=伴走型、「私はあなたの味方です。これから長いお付き合いになるのですから、一緒に、ともに協力していきましょう」という姿勢で接することを続けていけば、相手も次第に心を開いてくれます。

そのようにして、連帯保証人へ請求していますと、その後、連帯保証人から毎月3万円ずつの分割返済が始まり、約2年半かけて、無事に完済となりました。これも回収の方法の一つとして効果的です。

建物明渡請求と滞納家賃請求の民事訴訟をして、建物明渡の強制執行という基本的な流れでも、今回の借主Tのように、重病で動けない債務者の場合、建物明渡の強制執行はできません。そういったときは、役所の福祉事務所という公的な力を借りることが、スムーズな解決方法の一つとなります。また今回のようなケースに限らず、家賃滞納トラブルにおいては、積極的に、役所の支援を求めることをお勧めします。世間一般には認知されていない支援制度が多くあるからです。

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