絶好調の「マンガ業界」が、“さらなる飛躍”を遂げるための「2つの課題」

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絶好調の「マンガ業界」が、“さらなる飛躍”を遂げるための「2つの課題」

2021年11月7日 6時0分 

絶好調の「マンガ業界」が、“さらなる飛躍”を遂げるための「2つの課題」

インプレスの「電子書籍市場報告書」によれば2020年度の電子書籍市場において、コミックは19年度から1013億円増加し4002億円。小集講(小学館、集英社、講談社)など大手出版社の決算を見ても各社、電子書籍とライツ(海外版権など)の売上増加により過去最高水準の営業利益を叩き出している。

結果、出版科学研究所調べによるコミック市場全体(コミックス+コミック誌+電子コミック)は3年連続で拡大し、ピークだった1995年の5,864億円を抜き、1978年の統計開始以来過去最大の市場規模となる6126億円に達した。

マンガ業界は我が世の春と言っていい状況だが、さらなる成長のためのボトルネックとなっている2つの課題について書いてみたい。

「編集部」不足

電子書店や電子書店系マンガアプリが他社との取り扱い作品のラインナップ差別化を図り、また、自社発のヒットを夢見てオリジナルマンガ作品に乗り出す、または拡大する動きが起こっている。最近では日本発でウェブトゥーン(スマホ閲覧に最適化された縦スクロールのフルカラーコミック)を作る事業を始める企業も続々現れているが、それも含めて、これまでオリジナル作品を手がけてこなかった、または一定規模に留めていた会社がマンガ制作事業に力を入れている。

[PHOTO]iStock

しかし、ここで思い出してほしいのは、2013年から15年にかけて次々参入したIT企業系マンガアプリのことだ。LINEマンガやマンガボックス、comicoも電子書店機能だけでなくオリジナルマンガ制作を手がけているものの、話題作の数で言えばたとえば出版社系のジャンププラスなどには及ばない。

今となっては信じがたいことだが、2014、5年時点ではLINEマンガなどが圧倒的な勝者であり、出版社系はアクティブユーザー数で見れば劣勢、出版社発のマンガは衰退しゆく存在であるかのような語られ方も一部でされていた。

それが2020年代に入るとジャンプラ、マガポケなど一部の出版社系マンガアプリおよび出版社のマンガ事業(紙、デジタル、ライツすべてを含む)の存在感が増した一方で、結局のところIT企業系マンガアプリからはオリジナルのヒット作が続出するような状況にはなっていない。

なぜか?

機能する「編集部」を作れなかったからだ。

個別の有能な「編集者」を引き抜いたり、フリー編集者に外注するだけでは、個別の作家・作品と相性がたまたまよくて跳ねることはあっても、組織全体として「良い編集者が才能ある作家と組む→良い作品ができる→編集部に成功体験とノウハウが蓄積される&ヒット作に触発された良い新人が来る→くりかえし」といった好循環を作り出すことができない。集団としての成功の再現性が低くなり、中長期で見た事業継続性が危うくなる。

出版社に存在する各マンガ編集部には、どんな基準で作品のよしあしをジャッジするのか、どんな風に新人に接するのか、どんなステップで新人を育成していくのか、あるいは編集者の評価基準(報酬に反映されるものだけでなく、どんな振る舞いがよしとされるのかという価値規範も含む)、編集者同士の関係性についてまで、それぞれ組織文化がある。その組織文化は、対象としている読者層の獲得に対して、自社の人的・資金的リソースを鑑みた上で、もっとも有効かつ効率的であるように形作られていったことが多い。

たとえば手堅く特定ジャンルのファン向け作品をつくることが求められている媒体と、コミックス単巻百万部が目標の媒体とでは、おのずと「望ましい作家像・編集者像」は変わってくるし、そこに入ってくる作家も編集者も、求められる振る舞いも変わってくる。

だから、ある場所で優秀だとされた編集者を別の編集部に連れてきたとして、合わなければ/合わせられなければ結果は出ない。編集者を引き抜いてきて別の編集部に据えても、すぐにヒットを出せることはまれだ。

イチから編集部を作ることの困難さ

さらに言えば、新興媒体の編集部に参画するのは、すでにできあがっている別の編集部に異動して結果を出すことよりも難しい。組織文化が確立された職場環境下で成果をあげるのと、そういう環境自体を自ら作りだしながらヒットもつくるのとでは、まったく難易度が違う。

近年、新しく立ち上げられたマンガ事業部、新興媒体においては、こういう組織文化自体が当然存在しない(しなかった)。

しかも、仮にマンガ雑誌の編集長経験者を引き抜いてきたとしても、編集部づくりは難しい。編集長だからといって編集部自体をイチから作ったり、あるいはグダグダだった編集部を改革して軌道に乗せた経験があるとは限らない。いや、そんなことを経験し、成功させた編集者は、現在の日本のマンガ業界においては相当に数が限定されている。編集部づくりのノウハウを持つ編集者は、レアすぎるのである。

だからIT企業の新興マンガ編集部がどこかの出版社から引き抜いてきて編集長を据えたとしてもうまくいくとは限らない。しかもその下に現場の編集スタッフとして配属されたのが、メッセンジャーサービスやゲーム、広告などに関われると思ってその企業に入社したのであってマンガにさほど愛のない人間だったりすると、熱のある編集部として機能させるのはよけい困難になる。

したがってオリジナルマンガを作るという部分においては、結局、長年の蓄積のあるマンガ編集部に分があり、2010年代後半頃から出版社系マンガアプリ/マンガ事業がIT企業系に対して急速に巻き返す要因となった。

もっとも、マンガ制作の難易度はターゲットを絞り、表現をテンプレ化するほど下がるため、特定のニッチジャンルを新興勢力が手堅く押さえることは十分起きうるし、TLなどではすでに起こっている。

ただし、広い読者に訴えかけようとするほど制作難度は上がる。誰もが知るレベルのヒット作をつくりたいと思う新興勢力にとっては、「編集部」を創造・変革するノウハウの不在が、容易に解決しがたいボトルネックとして横たわっている。

電子書店・アプリだけで外部流入を増やす事の限界/コスパ悪化

「編集部作り」というマンガ制作の側に加えて、つくったマンガの「宣伝・販売」フェーズでも課題がある。

大手電子書店やダウンロード数・アクティブユーザー数上位のマンガアプリの多くは月に億単位の広告宣伝費をかけて新規ユーザー獲得および定着を図っているが、競争激化によりCPA(顧客獲得コスト)が上昇している。

そのうえ、ウェブ広告は閲覧されて初めて費用が発生する。たとえば、10代のYouTubeの月間総再生回数が10億だとして(あくまで適当な数字、念のため)、それに付随する広告は10億×動画の前後に挿入する3回の合計30億回しか表示しようがない。もちろん、YouTubeやTikTokのユーザー数、利用時間が伸びれば増えてはいくが、とはいえ各プラットフォームごとに広告枠には物理的に限りがある。それを各社が奪い合っており、出せる分の広告費は出し切っている。そう考えると、広告に頼っての利用者数の伸びが今後もいつまで堅調に続くかは不透明だ。

そして限界まで宣伝費を投じている事業者がいる一方で、そこまで宣伝費をかけられない中小事業者も当然いる。あるいはそもそもマンガアプリの開発・運営できるほど資金力がない中小出版社もある。

それでもマンガアプリが始まってから数年のあいだは、たとえばLINEマンガは各出版社から連載配信する作品を募り、作品の初出媒体であるマンガ雑誌の部数に関係なくLINEマンガ上では横一列で競うという現象が起き、中小版元にもチャンスが生じていた。だが今ではLINEマンガは自社オリジナル(と準自社と言うべきNAVERウェブトゥーン作品)に力を入れており、状況は一変してしまった。

くわえて各電子書店や書店機能を持つマンガアプリ上では、広告宣伝費を積まないともともとの話題作でない限りは新刊であってもトップページや、レコメンド欄(のアルゴリズムに頼らず人力で配置している部分)になかなか置いてくれない。

言ってみればアプリの新規ユーザー獲得にしても電子書店での新刊プロモーションにしても、札束の殴り合いになっている。

マンガ編集部にとっては、これに乗る以外で作品を届けるチャネルはないのか? コスパよく読者を獲得する手段はないのか? という点が課題になっている。

こちらは編集部づくりとは違って、留保はいくつか付くものの、手段がひとつ見えている。

ウェブマンガサイト(ウェブマンガ誌)の充実だ。

ウェブなら流入経路がいくつも作れる

電子書店やマンガアプリとウェブマンガの違いは何か?

ひとつは流入のしやすさである。

たとえばマンガアプリの掲載作品をシェアしようと思っても、シェアされた側がアプリを持っていなければすぐに閲覧できない。一方ウェブマンガならURLをクリックすればすぐに閲覧できる。

Google検索やTwitter・Instagram・TikTokなどの各種SNS、あるいはマンガチャンネルのあるSmartNewsのようなニュースアプリから「アプリ」に対してではなく、「特定のマンガ作品の特定の話数」に誘導できるのがウェブマンガの強みだ。ネットでバズるマンガはだいたいウェブで(も)読めるものに限られている。

ふたつめは、媒体側(マンガ編集部サイド)でどの作品をどこに露出させるのかのコントロールが効く点だ。

電子書店ではどの作品をどう扱うかは書店側が決める。一方、ウェブマンガ誌なら当然そのマンガ編集部がどの作品をどこに掲示するのか、作品の閲覧後にどんな作品をレコメンドするのかを自分たちで決められる。表現規制もアプリに比べてウェブははるかに少なく、ほぼ紙と遜色なく掲載できる。

みっつめは、開発・運営コストの安さだ。

マンガアプリをやろうとすると初年度のイニシャルコストは広告宣伝費含めて5億円程度は覚悟し、その後も既存の有力アプリに本気で追いつくつもりなら毎月億単位の広告宣伝費を投じる必要がある。

一方でウェブマンガ誌であれば、機能的にはマンガアプリと遜色のないチケット制や「待てば無料」型の閲覧機能、課金システム、レコメンドエンジンを積み、開発のみならず日々の運用を委託したとしてもアプリの20分の1ほどの費用で済む(本当に最小限の機能に絞ったり、運用を編集部が自前で行ったりすればもっと下げられる)。くわえてアプリ内課金ではApple・Googleから引かれる30%分もウェブならそのまま入ってくるため利益率が高く、運営上のリクープラインが低い。

先行する成功事例としては、講談社ヤングマガジン編集部と開発・運営会社コミチによる「ヤンマガWeb」がある。ヤンマガWebはMAU(月間アクティブユーザー)がユニークユーザーベースで200万目前に達し、目標とするWAU(週間アクティブユーザー)100万に迫る。新規流入率は高く、作品閲覧後のレコメンド機能に力を入れることでオリジナル連載などへの回遊も実現しているという。

現状、ウェブマンガ誌と言うと「連載の冒頭1~3話と最新1~3話だけが閲覧できて課金機能なし。突出した人気作品があってもそこから他の作品に誘導する運用なし」あるいは「マンガアプリのミラーとして存在しているがウェブ向けの運用は特にしない」といったものが散見されるが、2021年暮れから22年にかけてヤンマガWeb型の「チケット制や待てば無料で一話から最新話まで読めて課金機能あり。レコメンド、SEOやSNSなど拡散に力を入れた運用あり」のものがニュースタンダードとして急速に広まっていくことが見込まれる。

すべてを解決するのではなく「次の標準」になるだけ

もっとも、課金はアプリのほうが手っ取り早く、プッシュ通知もウェブでは使えない。

また、ウェブマンガサイトをブックマークして日々使い分けたとしてけっこうなマンガファンでもおそらく数個(数誌)止まりだろう。

「マンガ 無料」「転生 マンガ」のような検索ワードは大手電子書店が強く、かつ、そうした事業者が検索連動型広告も出しているため、SEOでは自前の人気作品のタイトル検索で上位表示になるようにきっちり取り、他社と競合しないニッチジャンルを取っていくといった戦術が必要になる――が、仮に資金力が豊富な事業者が本気で作品やジャンル単位でSEO対策を強化し、検索連動型広告も取りに来た場合にどれだけ検索流入の余地があるかは、現時点ではなんとも言えない。

加えて言えば、開発・運営コストが安いということは、アプリとウェブで二重に費用がかかったところで、すでに有力なマンガアプリ事業者にとってはウェブ版の開発・運営費用はアプリの広告宣伝費と比べても小さい。したがって、早晩ウェブの充実も図るようになるだろう。

そう考えると、ウェブマンガしかやらない編集部/会社の作品が、アプリもウェブもやる大手編集部/企業の作品にどれだけ伍していけるかは微妙なところに思える(ただ、ウェブマンガ誌の充実をしないよりはした方が今よりも新規流入が増えるし、自社でコントロールできる場所がひとつできることは間違いない)。

ウェブマンガの充実は、競争環境を一変させる手段ではなく、マンガ編集部/出版社にとっては用意しないと差が付く、新しい「標準装備」だと捉えた方がいいだろう。

いずれにしても、マクロ視点に立ち返ると、日本のマンガ業界がここからもう一段階市場を拡張するには、編集部開発・変革ノウハウが広まることと、電子書店やマンガアプリなどに加えてマンガ作品に対する新規流入経路の確立・増加を果たすことを通じて、次のヒットとなりうる有力な新作・新人が育ちやすくなる環境整備が必要だ。

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