デジとしょ信州[記事]

長野県と全77市町村による「協働電子図書館」、注力する「学校との連携」の中身英語や探究、郷土学習など電子書籍活用を提案

学校現場ではGIGAスクール構想の下、1人1台端末が導入され、情報活用能力の育成が推進されている。一方、全国的に学校図書館のデジタル化や活用は進んでいるとはいえず、デジタルシティズンシップ教育の観点からも課題となっている。こうした中、2022年8月から長野県と県内の全市町村がスタートさせた「市町村と県による協働電子図書館(愛称:デジとしょ信州)」が注目されている。重点取り組みの1つに掲げる「学校教育との連携」も含め、関係者に話を聞いた。

2023/04/24

東洋経済education × ICT編集部

「デジとしょ信州」、県と市町村がどう運営しているのか?

長野県と県内全77市町村が力を合わせ、2022年8月からスタートさせた協働電子図書館「デジとしょ信州」。パソコンやスマホ、タブレット端末などを通じて、長野県に在住、通学、通勤している人なら誰でも電子書籍を読むことができる。利用のために必要なIDとパスワードは、居住している自治体の市町村立図書館や公民館図書室の窓口で申請すれば取得が可能だ。電子申請ができる市町村も増えつつある。窓口がない自治体の場合は、電子申請を通じて県立図書館から取得できる。

利用登録者数は1万780名(23年3月31日現在)。すべての市町村に利用登録者がおり、利用者は1人につき「1週間2冊」借りられる。これまでの貸出数は5万7551冊。1日に平均約240冊の貸し出しがある。利用者が多い年代は40~60代、貸し出しが最も多い時間帯は20~21時という。

蔵書数は2万1178冊。うち著作権が切れた無償コンテンツ(青空文庫)は1万1196冊、オリジナルコンテンツ(信州の資料)が9冊となっている。コンテンツは、県内77の市町村が分担して購入するが、22年度は公益財団法人長野県市町村振興協会の「宝くじ助成金」を充てることができた。そして電子図書館システムは、メディアドゥ社を通じて米OverDrive社のプラットフォームを採用し、県立長野図書館が運営費を負担。こうした構造で、全県的な協働運営を実現している。

背景に、水害やコロナ禍における「危機と好事例」

このデジとしょ信州は、どんな経緯で生まれたのか。県内の関係者が集い、ワーキンググループを中心に構想が動き出したのは開設1年前の2021年8月のこと。その後、22年4月に「市町村と県による協働電子図書館運営委員会」(以下、運営委員会)が立ち上がり、実現に至った。委員長を務める県立長野図書館 館長の森いづみ氏は、こう振り返る。

赤いシャツを着ている女性  自動的に生成された説明

県立長野図書館 館長の森いづみ氏(委員長)

「単独あるいは複数の自治体が協働で電子図書館を開設した事例は全国にありますが、県内の全自治体が協働で開設したケースは初めてだと思います。背景としては、19年の水害やコロナ禍で20年4月から5月に図書館が休館となる経験をしたこと、一方で、高森町はコロナ禍以前から学校連携も含めた電子図書館を構想し、20年6月にはサービスを開始して効果が見えてきたことなどが挙げられます。こうしたリスクヘッジや好事例を県内の図書館関係者の間で共有する中、電子図書館の優先度が高まり、全県的な取り組みにつながっていきました」

開設から半年以上が過ぎたが、利用者からは「蔵書コレクションが意外に多い」「一度に2冊までだけど、返したらすぐ次が借りられるから無限に読める」「視力が低いので拡大機能が重宝する」などの声が寄せられている。

一方で、利便性などの課題も見えてきており、「申請窓口が増やせるようサポートしたり、電子申請の方法をよりわかりやすくしたり、検索機能を高めたりして、さらに利用者を拡大していきたいと考えています」と、森氏は話す。

利用拡大に当たり、主に3つの重点取り組みを掲げている。1つ目は、「読書バリアフリー」。視覚障害者向け電子図書館サービス「アクセシブルライブラリー」の導入や、福祉関係団体と連携した読書バリアフリー実現に向けた総合的な展開を検討している。

2つ目は「地域資料の充実」で、学校の副読本や自治体が著作権を持つ書籍の電子書籍化、地方出版物のデジタル化も働きかけていく。

そして3つ目が、「学校教育との連携」だ。現在、希望する自治体や学校と共に、授業での活用や学校図書館との連携などを始めている。

「電子書籍」は学校現場でどのように活用できるのか?

学校連携チームリーダーを務める千曲市立戸倉図書館 主査の宮崎摩紀氏には、1年以上もの間、休館を余儀なくされた経験がある。

千曲市立戸倉図書館 主査の宮崎摩紀氏(学校連携チームリーダー)

「千曲市の更埴図書館は『令和元年東日本台風』のときに水害に遭い、市民に対するあらゆるサービスをはじめ、図書館システムを連携している市内13の小中学校との連携も止まってしまいました。そのとき、電子書籍があればサービスを止めなくて済んだのではないか、学校にも既存のサービスとは異なるアプローチが必要ではないかと考えたことから、この取り組みに参画し始めました」

同じく学校連携チームの1人で、前職が小中学校の教諭だったという佐久市立中央図書館 館長の依田緑氏はこう話す。

佐久市立中央図書館 館長の依田緑氏(利用登録部会長/学校連携チーム)
※肩書は取材当時(20年3月に退任)

「学校にいる頃から、学校司書教諭として、校長として、学校図書館の授業活用について課題感をずっと持っていました。また、子どもたちに1人1台端末が配られ、端末を家に持ち帰るようにもなってきましたが、ICT機器を通じて得られる情報の中身にも課題を感じていました。やはり子どもたちにはよいコンテンツと出合わせたいですし、電子書籍を含めたさまざまな情報を扱う力の育成についても、学校と連携していけたらと願い、取り組んできました」

では、電子書籍の活用により、学校教育はどう変わるのか。学校司書の経験があり、運営委員会で選書を担当する松川村図書館 館長の棟田聖子氏は、こう述べる。

松川村図書館 館長の棟田聖子氏(選書部会長)

「例えば地域資料は学校の郷土学習で必ず使われるものですが、たいてい蔵書が1冊しかなく、現状は子どもたち全員が一斉に使えるようにはなっていません。この電子化が進めば、先生方も授業がやりやすくなると思います」

しかし、いきなり「授業で使って」と言われても、戸惑う教員も少なくない。そのため、運営委員会は今後、授業での活用法を学校現場に提案していくという。その内容について、宮崎氏はこう説明する。

「公共図書館向けに市販される電子書籍は同時アクセスに制限のあるものが多いですが、地域資料のように自治体が作成する電子書籍であれば、制限なく使える設定が可能です。そのため、紙では蔵書が限られた本も、1人1台端末で一斉に閲覧できるので、グループ学習がやりやすくなるでしょう。児童書読み放題サービスの導入も予定しており、作品の感想を述べ合う、人物伝をみんなで読みながら調べ学習に発展させていくといった授業もできるようになります。海外の出版社のものは、読み上げ機能が付いた洋書の絵本をモニターに映し、ネイティブの発音をみんなで確認することなども可能です」

今後、こうした電子書籍の活用例を学校に紹介していく
(資料:市町村と県による協働電子図書館運営委員会提供)

個別に学びを深めていくのにも適している。例えば、デジとしょ信州には大人向けの入門書や実用書もあるので、興味・関心のある領域をより探究しやすくなる。そのほか、クラブ活動や委員会活動における調べ物のほか、自宅で気軽に好きな本を借りて読書を楽しむといった利用もできるだろう。

「読み上げ機能や拡大機能は文字の認識が困難なお子さんに、多言語機能は外国籍のお子さんに役立つでしょう。不登校など通学が難しいお子さんの自宅学習の助けにもなると考えています。私にも小学生の子どもがいますが、すでに子どもたちはICT機器を使いこなしています。先生方に電子書籍のメリットを理解いただければ、学びの可能性はもっと広がっていくと考えています」(宮崎氏)

「学校図書館の館長」は校長、公共図書館との理想の連携とは

佐久市では、利用してみたい学校から順次、電子書籍の利用を始めている。例えば、野沢小学校では、昨年度の5年生がオーディオブックの絵本を活用し、英語と特別活動の時間を使い、下級生に英語で読み聞かせを行う活動に取り組んだ。

オーディオブックの絵本で英語の発音を練習する佐久市立野沢小学校の児童たち

授業を見学した宮崎氏は、次のように話す。

「子どもたちが、日本語に訳した紙の絵本も併用して発音の練習や表現の確認をしていたのが印象的でした。私たちは、紙をデジタルに差し替えるのではなく、両方を併用し、場面によって使い分けることで学びを発展させてほしいと願っていますが、まさに子どもたちは自然にそのベストミックスができていたのです」

依田氏も、「読み上げの速さを調整して練習したり、下級生に読んであげる絵本を積極的に選んだり、子どもたちは電子書籍を上手に使っていました」と語り、こう続ける。

「こうした活用のほか、総合的な学習の時間など探究にも利用しやすいと考えています。今春開校した佐久市の臼田小学校の校長先生は、個々の学びのスピードや興味に合わせた学びに活用するほか、紙の本と電子書籍の両方を使いこなせるような情報選択の力を育てたいとのことで、5月ごろから全校でデジとしょ信州を使えるよう準備を進めているところです。引き続き、学校とは連携しながら取り組んでいきたいと考えています」

IDの取得は、児童生徒が個別に、居住する自治体の公共図書館などに申請するルールで、公共図書館の利用IDから生成するのが基本だ。しかし、学校で利用しやすいよう、学校が児童生徒・保護者の個人情報を取りまとめて公共図書館に申請すれば、全員のIDを一括で発行することも可能にした。自治体の規模が大きいなど、公共図書館のIDから生成することが困難な場合は、学校図書館IDを基に発行する方法も考えているという。

しかし、学校教育の主体は、あくまで学校だ。「校長先生が学校図書館の『館長』としてリーダーシップを発揮し、学校司書さんや司書教諭の先生、授業を担当する先生たちが協働して授業を充実させていく。そこに公共図書館が連携する体制が理想ではないでしょうか。高森町や佐久市では実践が始まっています」と、森氏はそれぞれの役割と連携の重要性を強調したうえで、今後の展望について語った。

「学校図書館と公共図書館との連携は、これまで主に『読書センター機能』に関するものでした。しかし、今後は電子書籍の提供を通じて調べ学習や郷土学習を充実させ、『学習センター機能』の強化も図れると思います。さらに学習成果を発信したり新しい何かを創造したりする『情報センター機能』も果たす場所になれば、デジタルシティズンシップ教育もかなり広がるのではないか。デジとしょ信州が、そのきっかけになればと願っています」

デジとしょ信州の仕組みに関心を持つ全国の図書館関係者や教育関係者も少なくない。しかし、「単館ではこの取り組みは難しいので協働できてありがたいと思う一方、今のこの仕組みが全国展開されればいいとは思っていません。私たちは並行して、出版社や著者の方々にも利がある仕組みを研究する必要があると考えています」と、棟田氏は言う。

森氏も「それぞれの地域に合った方法があると思っています」と述べ、長野県としては図書館を越えて「みんなで学ぶ・みんなで育てる『all信州電子図書館』」を目指していると語った。

「all信州電子図書館」概念図
(資料:市町村と県による協働電子図書館運営委員会提供)

「長野県は、昔から教育県、出版王国と言われてきました。読書人口の裾野を広げ、参画する人が増えていくことによって、そうした地域文化を大切に守り育てていきたいという強い思いがあります。そのため当初から、地域の出版社や書店、印刷会社、著者の方々とも対話を重ねたいと考えていました。今後はそんな“真の”オール信州による電子図書館へと発展させ、地域創生モデルの1つとして発信できたらと、夢を描いています」

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、写真:市町村と県による協働電子図書館運営委員会提供)

東洋経済education×ICT education特集 子どもの探究が確実に変わる、GIGAスクール時代の「学校図書館」活用の極意

education特集

子どもの探究が確実に変わる、GIGAスクール時代の「学校図書館」活用の極意高森北小の学校司書・宮澤優子の危機感と挑戦

文部科学省の「学校図書館ガイドライン」には、学校図書館は「読書センター・学習センター・情報センター」の機能を有していると書かれているが、この3つの機能を果たしている学校図書館は少ないのではないか。しかし今、GIGAスクール構想や探究学習の推進により、学校図書館や学校司書の役割はますます重要になっている。そこで、さまざまなアプローチで学校図書館機能のアップデートに尽力する、長野県高森町立高森北小学校・高森町子ども読書支援センター 司書の宮澤優子氏の取り組みを取材した。

2022/11/12

東洋経済education × ICT編集部

「図書館や情報を活用できないまま大人になる」ことへの危機感

「新学習指導要領は、学校図書館が『読書センター・学習センター・情報センター』という3つの機能を備えていることが前提になっています。つまり、学校図書館が機能していないということは、本来行うべき教育を学校で実施できないということ。それは子どもにとっても社会にとっても大きな損失だと思うんです」

宮澤 優子(みやざわ・ゆうこ)
長野県高森町立高森北小学校・高森町子ども読書支援センター 司書
公共図書館司書を経て2008年より学校司書。学校司書および校内ICT担当として、学校図書館の「読書センター・学習センター・情報センター」の機能とGIGAスクール構想をつなぐ。子どもたちの日常の学びのために、そして学校図書館機能の確かなアップデートのために、子ども読書支援センターを中心に町内の司書たちと日々奮闘中。Google認定教育者Lev.2、GEG Minami Shinshu 共同リーダー

そう語るのは、長野県高森町立高森北小学校(以下、北小)で学校司書を務める宮澤優子氏だ。現在、学校司書の研修講師や講演などに引っ張りだこの宮澤氏だが、公共図書館を経て14年前に学校司書になった頃は「学校図書館を読書センターとしてしか捉えていなかった」という。学校現場に入って初めて、公共図書館とは求められる仕事も与えられる予算も異なることがわかり、改めて自身の知識やスキルを高める必要性を感じた。

「また、私も豊かな“図書館経験”がないまま育ちましたが、その環境がずっと変わっていないことにも危機感を覚えました。このままでは、子どもたちは私と同じように図書館や情報を活用できないまま大人になってしまう。そう思い、学校図書館機能や子どもたちに必要なスキルについて追求するようになったのです」

前任校があった飯田市では、有志の学校司書たちと学習会を立ち上げ、読み聞かせの年間計画の作成・実施や、情報活用能力の育成などに取り組んだ。2019年度からは人口約1万3000人の高森町に移り、町全体での図書館活用教育に尽力している。

高森町ではまず、連携体制を整えた。町立の全小中学校(北小、高森南小学校、高森中学校)に配置されている学校司書と、高森町立図書館の司書、教育委員会の職員などからなる組織を結成。20年4月には、このメンバーで「高森町子ども読書支援センター」を立ち上げ、協働して子どもたちの読書を支援する仕組みをスタートさせた。例えば、南信州図書館ネットワークを活用し、学校図書館を窓口にして近隣自治体の蔵書も含め約120万冊の本を借りられるようにするほか、本との出合いの創出や探究学習につながるイベントなどを開催している。

また、学習指導要領改訂に合わせ、町内で教育の足並みをそろえるべく、「情報活用能力の年間指導計画」も立てた。全学年の国語科の教科書に記載されている情報活用に関わる指導項目を系統的に整理し直し、指導項目ごとに教材を作成。授業進行のシナリオも作り、誰がやっても同じ指導ができる仕組みを整備した。

「これは前任校時代でも成果があった取り組みです。小学校の6年間で図書館活用の方法や情報リテラシーを積み上げていけば、中学校で盤石な土台から探究学習をスタートできる。高森町でもすでに中学校での調査活動の質が変わってきたと言われています」

小1からの「図書館活用教育」で表れた成果とは?

小学校でも、高学年になる頃には確実に成果が見て取れる。例えば、宮澤氏が前任校で実践した5年生の「田中芳男チャレンジ」の事例を紹介しよう。

田中芳男は、幕末期から明治期にかけて活躍した飯田市出身の偉人で、植物学者、博物学者など多彩な顔を持つ。「田中芳男チャレンジ」は、そんな彼の写真を1枚だけ見せて「この人を紹介してください」と投げかけ、ポスターセッションまで行う実践だ。

田中芳男は、功績が実に多様で「子どもの食いつきがすばらしい」という

ハードルが高いように感じるが、子どもたちは人物事典を片っ端から調べたり、校内の先生や親に取材したり、あの手この手で調査し、最短で当日、遅くとも1週間程度で名前を突き止めてきた。

「彼らは低学年の頃から情報活用スキルを身に付けているので、名前さえわかればその後の調査はお手のもの。校内の資料に不足を感じれば公共図書館から資料の取り寄せをしてくれと私に依頼しにくるし、一般書や郷土資料もちゃんと読み解きます。ちなみに今、北小でも地元の偉人を題材にスライド発表する形で同様の実践を行っています」

高森町での図書館活用教育はまだ3年目(北小は4年目)だが、すでに「知りたいことや困ったこと、調べたいことがあったら図書館へ行くという文化が根付いています」と宮澤氏は言う。

北小の学校図書館。百科事典が子どもたちの日常に溶け込んでいる

例えば北小の学校図書館では子どもたちが日々、通学路で拾った実や生きたトカゲなど調べたいものを持ち込み、みんなでにぎやかに同定していく。

イモムシや石、植物などを夢中で同定する子どもたち

ある3年生(当時)の児童は、庭の植物の葉を持ち込み、植物図鑑であっという間に「カラスビシャク」と同定。さらに、翌日には「茎にできる球芽(ムカゴ)や仏炎苞(ぶつえんほう)という葉の中にある粒状のめしべが、図鑑の記載のとおり本当にあるのか確かめたい」と、カラスビシャクを株ごと持ってきた。

検証を行う休み時間には大勢の子が集まり、その児童はみんなが見守る中、球芽とめしべの存在をしっかり確認したという。

家の庭のカラスビシャクを学校図書館で調査

「本校では1年生から百科事典の使い方を教えますし、NDC(日本十進分類法)や配架に関する指導も早くから行います。だからこそ、この探究活動になるのです」

ただし、「調べる」には「知りたいと思う→調べようと思う→調べる→調べられる→知る→知ったことを活用する」と段階があり、重要なのはスキルだけではないと宮澤氏は強調する。

「こうした段階を踏んで初めて子どもたちは面白さを実感するし、『これはわかったけど、あれは?』という『問いのループ』が生まれます。授業でいきなり何かを調べさせるのは簡単ですが、それでは『知りたい、だから調べよう』という思いが欠落するので答えがわかればおしまい。なので、高森町では調べるスキルの習得とともに、内発的動機を育むことも大切にしています」

教員は忙しい、だから学校司書の「押し売り」も重要

教員も子どもたちが変わっていく姿を見ると、積極的に学校図書館を活用するようになるという。また、教員はつねに多忙だ。学校図書館の活用法を知らない場合も多いので、「授業準備が『簡単、早い、楽』になることをわかってもらうための『押し売り』も重要」だと宮澤氏は話す。

「来月に先生が予定されているこの単元、実は以前にこの資料や教材でこんな成果物が出ましたが、使ってみますか? 児童への事前指導もこちらでやりますがいかがでしょう」とプレゼンテーションしに行くと、大抵の教員は試してくれる。そして狙いどおりの成果が得られると、どんどん学校司書を頼ってくれるようになるそうだ。

図書館授業(左)、教室に出張することも(右)

北小では各クラスで週に1回、国語の時間を使い、宮澤氏が担任とのチームティーチングの形で「図書館授業」を担当して読み聞かせや情報活用能力の育成を行っているが、ほかの教科の資料準備や授業支援などの相談も多く、学校図書館が日々活用されている。

教員との連携については試行錯誤を重ねてここまできたが、「1年回すことができれば、学校図書館の活用はその学校の文化になる」と宮澤氏は感じている。

読書も学びも「デジタルと紙の混在」が当たり前に

高森町では2021年度から1人1台の情報端末(以下、GIGA端末)の本格的な活用が始まったが、これにより学校図書館にも大きな変化があった。「子どもたちにつなぐ『もの』や『手段』が増えた」と宮澤氏は言う。

例えば、高森町では子ども読書支援センターが音頭を取り、20年に高森町立図書館が始めた電子図書館サービス「高森ほんともWeb-Library」のアカウントを保護者の同意の下で子どもたちに配付。子どもたちはGIGA端末でも電子書籍が読めるようになった。今年8月からは、県民なら誰でも使える「デジとしょ信州(市町村と県による協働電子図書館)」のサービスが始まったので、4年生以上の子どもたちにはこちらの電子書籍もGIGA端末で読めるよう整備した。

また、子どもたちはGIGA端末で、OPAC(オンライン蔵書目録検索システム)をはじめ、出版社や書店のホームページ、書評サイトなどにもつながれるようになった。とくにオンライン書店などのレコメンド機能は本との出合いを生み、児童書だけでなく本屋大賞の作品などの一般書も含めリクエストが急増。21年度は北小から高森町立図書館への予約件数が前年度の286件から528件へと増えた。

さらに高森町では、地域資料も電子化して高森ほんともWeb-Libraryに載せ、1冊につき50アカウント使えるようにして学習活動での利便性を高めた。

「よく『子どもたちにIDを管理できるのか』といった不安の声が聞かれますが、これまで電子書籍に関するトラブルはありません。読書でも学習活動でも、デジタルと紙の両方から状況に合わせて本や資料を選択するのが当たり前になりました」

オンラインで専門家につなぐこともでき、GIGA端末の導入によって提供可能な本や人、コミュニティーの幅が広がったと宮澤氏は感じている。

状況に合わせて電子書籍か紙の本かを選択

一方、課題もあった。高森町はGIGAスクール構想の推進に当たり『デジタル・シティズンシップ(以下、DC)教育』の方針を採用したが、当初はスムーズにはいかなかった。学校はインターネット上のリスクを中心に教える「情報モラル教育」を長年行ってきたこともあり、自分で考え選択させるというDCの概念を理解できない教員や、そもそもICTが苦手だという教員も多かったのだ。

そこで宮澤氏は学校図書館とGIGAスクール構想をつなぐため、校内のICT担当に就任し、Google認定教育者のレベル2も取得。教員がICT関連の問題で困った際は宮澤氏のところへ相談に行ける体制を築いたのだ。また昨年度は、情報センターとしてDC教育も宮澤氏が主導する形で引き受けた。

この1年で痛感したのは、子どもたちのICTスキルの吸収の速さや活用能力の高さだ。例えば、高森町ではGIGA端末でのメールやチャットの利用ができないが、昨年度の北小の6年生はGoogle Docsを立ち上げ、共同編集の権限を全員に付与してチャット機能をさらりと構築してしまった。

「子どもたちは規制してもかいくぐるので、もう情報モラル教育では駄目だと感じた先生も多いと思います。今年度は高森町がDC教育も含むICT教育の年間計画を作ったので、それに沿って経済産業省の『STEAMライブラリー』の教材を活用し、担任の先生主体のチームティーチングでDC教育に取り組んでいます」

急がれる「学校教育全体の中での学校図書館の捉え直し」

GIGAスクール構想や探究学習の推進によってさらなる学校図書館の活用が期待されているものの、それを支える学校司書の資格要件はなく、配置も努力義務にとどまる。こうした矛盾の中でも宮澤氏が挑戦し続けるのは、切実な危機感があるからだ。

「今のままで、子どもたちにこれからの社会を生きるスキルを十分に授けられるでしょうか。学校教育全体の中で学校図書館を捉え直さなければ、今後その存在価値がなくなってしまう学校も出てくると思います」

高森町では「読書センター、学習センター、情報センターとして、デジタルもアナログもきちんと提供できる学校図書館ができつつある」が、その価値がまだ町民に浸透していないことは大きな課題だと宮澤氏は語る。

「とくにGIGAスクール構想に対応した学校図書館をつくるには人も予算も司書のスキルアップ研修も必要ですが、十分にはご理解を得られていないのが現状。なので、もっと学校図書館の有用性が町民に見える形にしていきたい。認めていただくことで、学校図書館や学校司書の姿がもっとよい方向に変わっていくのではと期待しています。また、長野県には公共図書館がない自治体も多いので、すべての子どもが本と出合えるよう、高森町の成功事例を示し、学校図書館の電子書籍利用も広げたいと考えています」

(文:田中弘美、編集部 佐藤ちひろ、写真:宮澤優子氏提供)

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