オーディオブックに注目

2023年8月7日(月) 

 出版業界に新たな風が吹き始めている。話題の電子書籍、電子コミックはもちろん、昨今では「音声で本を聴く」という形で本が読まれ始めているのだ。かつて目が悪くなった方やろうあ者向けのものが多かったが、現在では音声で読書を聴くことが新たな読書形態の一つになってきている。音声で本を楽しむことの反響とは実際どうなのか。オーディオブックの制作・配信元であるAmazon Audibleと刊行書籍を配信している早川書房それぞれに話を聞いた。

■サブスクが起爆剤となって会員数が67%増 聴取時間は260%に

 Audibleが日本でサービスを開始したのは2015年。アメリカの本社を筆頭に、ドイツ・イギリス・フランス・オーストラリアに続いてのローンチとなった。当初日本では本を「読む」ではなく「聴く」ということが斬新なライフスタイルであったため、消費者にもよくわからないといった暗雲立ち込めた中でのスタートとなった。 「以前はコイン制で、Audible会員は毎月付与される1コインで、好きな書籍を1冊購入にしていましたが、2022年1月、コイン制から配信していた日本語作品の95%以上が聴き放題で楽しめるようになりました。多くのジャンルの本に触れてもらい、本を聴くということをより習慣にしていただきたい、というのが狙いでした。近年のライフスタイルの変化と聴き放題への移行により、今まで以上に多くのお客様に楽しんでいただけるようになりました。月間の聴取時間では聴き放題以前と現在では260%に(2022年1月時点と2023年5月の比較)。会員数も67%に増加(2022年1月と2023年5月の比較)。これまでより若い世代の方々にも楽しんでもらえています。」(Audible カントリーマネージャー・逢阪志麻氏)  12万以上の対象作品が定額制の聴き放題となったことから、会員は好きなジャンルから、好きなだけ本を選んで聴くことが可能になった。結果、数年前まではビジネス書や自己啓発書がよく聴かれていたが、今ではそれらに加え、小説やライトノベルなど複数ジャンルを楽しむ会員が増えた。Audibleも、書店で書籍を選ぶのと近い感覚で作品が選べるよう、「大賞受賞作品特集」やランキング紹介など、多くの作品に触れるための取り組みを行っている。

■「音声読書」を活かした取り組みで新たなタイプの小説が生まれる可能性

 以前は30~40代の利用者が多かったが、昨今では若い世代の利用も増えている。 「私たちは、音声の質にこだわりをもって制作しています。「聴き心地」を追求し続けているからこそ、倍速再生でお聴きいただいても、品質を落とさずにお楽しみいただけます。こういった点も、コストパフォーマンスタイムパフォーマンスを重視するといわれる若い世代に受け入れていただいているのではないかと考えます」(逢阪氏)  またオーディオブックの最大の特徴として忘れてはならないのは、本と読者の間に「朗読をする人」が入っていることだ。例えば、Audibleでは、村上春樹著『騎士団長殺し(1)(2)』は高橋一生、カズオイシグロ著『日の名残り』(聴き放題対象外)は田辺誠一、月村了衛著『機龍警察シリーズ』の一部は「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジ役でお馴染みの緒方恵美、池井戸潤著『犬にきいてみろ』は、ドラマでも主人公・花咲舞を演じた杏がナレーターを務めるなど、錚々たるメンバーが名を連ねている。  だが、多忙な俳優や声優への交渉・およびスケジュール調整には相当なエネルギーを要する。さらには本を一冊ひとりで朗読するため、それだけナレーターの負担は大きい。 「当初は朗読に快諾いただき、1日6時間程度の朗読を依頼することもありました。しかし、6時間も読んでいると声が疲れて変わってしまったり、文字を読みすぎて作品の世界観が変わってしまうことも。そうした失敗や経験を活かしつつ、現在はその方々のパフォーマンスが最大限活かされる時間、状況で朗読してもらえるよう、制作環境をブラッシュアップしています」(Audible シニアディレクターコンテンツ宮川もとみ氏)  日本ではアニメを通じて声優に憧れ、「声優になりたい」人は増えているが、人気声優も活躍し続けているため競争は激しく、アニメで役を勝ち取るのは難しい。だが、Audibleでは作品の制作数も増え続けており、朗読力が高ければオーディションで仕事を獲得し、アニメやナレーション以外にも仕事の機会が広げられる。新人や隠れた実力派が仕事を得て、さらにここからブレイクする可能性も秘めている。  会員は、そのナレーターが気に入れば、作家名や書籍名に加えて、ナレーター名での書籍検索も可能。ナレーターの声目的で、これまで自分が興味がなかった本に出会えるなど、オーディブルならではの“本との出会い”がある。  一昨年より、Audibleならではの取り組みとして、書籍の販売に先がけて、著者の書き下ろし作品を音声先行で配信する「オーディオファースト作品」がスタート。すでに三浦しをんや川上未映子、西尾維新らが参加し、活字より先に「音声」で新作の小説を楽しむというAudibleならではの試みとなっている。リズム感や語感にフォーカスされた同取り組みによって、これまでと違った作品が生まれてくる可能性もあるのだ。  だが、こうした音声コンテンツは紙書籍とはカニバリを起こさないのか?  「Audible会員の約70%は、オーディオブックを聴き始めた後も、紙の書籍に触れる機会は減っていません。また、Audibleを聴き始めたことで、紙の本に触れる時間が増えたという方も一定数いらっしゃいます。Audibleで作品を聴いて改めて紙の本を買う人、また元々読書好きで試しに音声でも聴いてみようという方もいらっしゃり、よい循環が生まれていると感じています」(逢阪氏)

■「ラジオやポッドキャストを聴くような感覚で」若年層に人気に

 

 早川書房は同サービスに2018年から参加。事業本部本部長・山口晶氏は「成長する確信はありました」と語り、こう続ける。「アメリカでは児童書を除く一般書は電子書籍とオーディオブックの売上がすでに同じぐらいになってきています。日本でもやはり紙の本がダントツなのは同じですが、オーディオブックが電子書籍を猛追しています。予想より早く追いついてしまう可能性が高いです」  通常、読書は、能動的行為であり、読み始めると、活字の世界だけに集中する必要がある。だがオーディオブックであれば、家事や育児をしながらの「ながら聞き」ができる上に、ジム、ジョギングなど他の趣味と並行して読書を楽しめる。通勤時の電車の中で本を開かずとも耳で本を聴くことができる。こういったことが現代人のライフスタイルにフィットした可能性がある。  また、昨今は配信サービスの広がりにより、寝落ち配信のような「人の声を聴きながらリラックスする」という文化が若い世代を中心に根付いている。特に女性は広い世代で「人の声があると安心する」という声もあるようで、そういった層にも音声コンテンツは向いている。最近のラジオの盛り上がりもまた、オーディオブックの普及を加速させる一因にもなっている。 「特に若い世代はポッドキャストを聴くような感覚でオーディオブックを利用しているという実感があります。オーディオブックによって今までと違う読者にリーチできるのは良かった点です。紙の本が苦手という人こそ、利用してもらいたい」(同氏)

■「4~5年で出版界を支えるコンテンツにまで成長する」可能性も

 早川書房では『同志少女よ、敵を撃て』がオーディオブック2022年年間トップ100の1位を獲得した。同書のナレーターは「アイドルマスター」シリーズや「ウマ娘」シリーズなどで人気の声優・青木瑠璃子だ。 「会話の多い小説で、さまざまなキャラクターを青木さんが演じ分けているのですが、レビューでは、『聴き終えてからナレーターが一人だと知った』という声もありました。オーディオブックはナレーターの技能により出来が大きく左右され、ある種独立した作品として楽しめます。そこが紙や電子の書籍との大きな違いですね」(同氏)  現在、同社では約200タイトルを配信。新刊からアガサ・クリスティなどの古典作品、ノンフィクションなど、ジャンルは多岐に渡る。 「当初は図の入ったノンフィクションは難しいと考えていましたが、アプリ上で図やグラフを閲覧できることもあり、結構聴いてる人がいることが分かりました。また、『三体』という全5冊からなる中国SFの超大作は聴いて理解するのは難しいかもと懸念しましたが、現在700件以上のレビューがつき星平均4.5と好評です。音声読書だからと、あまり制限しなくても大体のジャンルはオーディオブックにできるんじゃないかという実感があります」(同氏)  このように読書の楽しみ方が多様化してきているものの、「出版=不況、斜陽産業」という言葉が今も踊る。これに対し、山口氏は「不況という前提で、出版界を語られることが多い」と嘆く。  では、実際のところはどうか。前出の出版科学研究所の調査によれば、出版業界の売り上げはピークとなった1996年までは上り坂一辺倒。だが消費税が3%から5%に増税した1997年は個人消費の低迷から初の前年割れとなり、以降、下降の一途をたどった。しかし、2014年に電子書籍の売上が伸び始める。コロナ禍が訪れた2020年には、電子出版を含めた推定販売金額は好転。電子書籍だけでも2020年には3931億円、2021年には4662億円となり、出版全体では1兆6742億円とV字回復している。  紙書籍についてもピーク時の1996年、1兆931億円にはとどかないものの2021年は6804億円と、2010年あたりまでのゆるやかな下降から一転、ほぼ横ばいだ。この背景には人口減少や紙代の急騰があるが、電子書籍やオーディオブックなどのデジタルが盛り上がってきていることが大きい。オーディオブックから紙の書籍を買うという流れも新たに生まれているため、書籍に関していえば、出版業界の未来は想像以上に明るいということが言える。 「“若者の読書離れ”とはよく言われますが、こうした風潮に楔を打つジャンルとなるかもしれません。オーディオブックの売上も4半期ごとに伸びています。古典推理小説、古典SFなど、過去の文豪の作品もそうですが、『紙では読みきれないけど音声なら聴けた』という声もいただいていますし、聴いていただければ文化的にとても豊かなこと。4~5年で出版界を支えるコンテンツにまで成長するかもしれません。また、先だって芥川賞を受賞した『ハンチバック』の著者・市川沙央さんが提唱する読書のバリアフリー化にも寄与するはずです」(同氏)  出版業界の未来は明るそうだ。

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