【大宮のタワマンに引っ越して後悔した話】中学受験戦争から逃れようと埼玉に そこは「高学歴専業主婦のガチお受験ママ勢」の棲家だった

東京から離れたら中学受験戦争から解放される。そう期待する層も一定数いるだろう。ただ、地域によっては、中学受験に対する関心が格段に高いところもあるという。そのような地域と東京の違いはどこにあるのか。著書『中学受験 やってはいけない塾選び』が話題のノンフィクションライター・杉浦由美子氏がレポートする「タワマンと中学受験の関係性」の最終回。【全6回。第1回から読む】 【写真】日本一“高い”麻布台ヒルズ 居住者とゲストのみが使えるプール付きスパも!

* * *  タワーマンションと中学受験はセットで語られることもあり、そして、タワマンに住んで中学受験をさせる、というライフスタイルはなぜか反発を招きがちだ。『タワマンに住んで後悔してる』(KADOKAWA、窓際三等兵原作・グラハム子漫画)というタイトルのコミックも話題になっている。この作品の中に、海外帰りの専業主婦・恵が、商社マンの夫が独立・起業に失敗し、埼玉に引っ越すことになり、競争から降りられるとホッとする描写がある。だが、この恵のストーリーは現実とは異なる一面もある。なぜなら、埼玉は東京よりも受験に熱心なママたちが多数いる場所だからだ。  前回記事では、「埼玉なら中学受験をさせないで済む」と考えて引っ越したのに、その計画が狂ってきたB子さんの話を紹介した。彼女は「娘たちが地元の公立中学から県立浦和一女や大宮に進学してくれたら、助かるな」と当初は考えていたが、埼玉の大宮地区のタワーマンションに入居したことにより、その計画に暗雲が立ちこめた。  タワーマンション内はキッズスペースも充実しており、子育て世帯の交流が盛んだ。B子さんの夫はアイドル集団、ハロープロジェクトの熱心なファンで、その趣味を通して、パパ友を増やしていった。 「夫が仲良くなった“ドルヲタ”パパさんが高校から開成なんですよ。そのパパが教育オタクで、息子さんを中学受験させるべく、幼児のうちから公文に通わせていました。とても頭がいい人で、全部、ちゃんと納得できる説明をするんですよ。子どものうちに計算ドリルをやらせた方がいい理由とか、小学生のうちは英語はそこまで気合いを入れなくていい理由とかを、論理的に話すんです。その話にうちの夫も感化されてしまって、教育や受験に興味を持つようになっていったんです」  マンションには開成や城北、豊島岡、立教新座、浦和明の星といった私立校の制服を着た子どもが多くいるという。 「そういう子たちのパパやママたちの話を、夫が興味津々で聞きいっていると、“文化祭でうちの子が演奏をするから来てください”と誘われるんです」  いくつかの文化祭に行った結果、夫と長女はすっかり中高一貫校に魅せられてしまった。 「公立育ちの夫は、私立校の設備に感動したようです。茶室があることに驚いていて。娘も文化祭で素敵なお姉さんたちに優しくされたら『ここに通いたい!』と思っちゃうわけですよ」  埼玉全体では中学受験率はそこまで高くないが、大宮や浦和などのタワーマンションには、受験に関心を持つ層が多く集まるようだ。そして、そのタワーマンションの中でも受験に熱心な人たちがつながっていく。中学受験から逃れるために埼玉に来たのに、実は文京区や港区とは違うベクトルで「受験熱の高い」場所に住んでしまったのだ。

大宮でなぜ日能研が人気なのか?

 結局、B子さんは娘を小学校3年生の2月から日能研に通わせた。 「東京と違うのは、大宮だと日能研の勢いがあるところですね。埼玉の遠くのほうや群馬から通っている子もいます。遠距離通塾が多いんですよ。ママたちは毎回、子どもを連れてきて、授業が終わるまで近くのカフェで時間を潰したり、買い物をしたりしています」  日能研の中でも大宮は大規模校舎で、模試の平均点が全国でもトップクラスだという。選抜クラスのTM(トップオブマスター)クラスも設置されており、御三家対策もバッチリできる。  なぜ、日能研がそんなに人気があるのか。 「埼玉全体で見れば、中学受験に熱心な家庭は東京ほど多くないため、受験生のママたちがみんな情報を持っているんですよ。大宮周辺から1時間位内で通える最難関校は開成や桜蔭、豊島岡などですが、そのあたりを狙わないなら、サピックスはオーバースペックと分かっているから、冷静に日能研に入れるんです」  B子さんも娘さんを埼玉の中堅上位の学校に入れようと考えていた。ところがだ。夏前の組み分けテストで偏差値が60を越えた。特に算数の成績がよい。 「夫が“この子は勉強ができるんじゃないか?”って舞い上がっちゃって。豊島岡が狙えるんじゃないかと父と娘で野望を持ってしまったんですよ。そうしたら、ドルヲタの開成高校出身パパから、“豊島岡は算数が難しいので、難関校対策の塾の方がいいんじゃないか”って吹きこまれて、自分でも豊島岡の問題を解いて、その通りだと判断をしたようです。夏期講習からは難関校向けの塾に通おうと言い出したんです」  夫だけの希望ならば反論できるが、娘自身が挑戦したいと言うなら、その意欲に水を差すのは気が引けた。

大宮のエリート塾のママたちの考え方

先に述べた塾銀座・南浦和以外でも、大宮駅周辺も塾が多い。サピックスが大宮と南浦和にあり、Z会ホールディングスの筑駒・御三家対策の塾、Z会エクタスも大宮にある。四谷大塚や早稲田アカデミーなどの大手塾も、もちろん存在する。  そのうちのあるエリート塾にお試しで夏の講習だけ通うことになった。合わないようなら秋からはまた日能研に戻ればいい。エリート塾にお迎えに通う中で、他のママたちと話すようになり、連絡先を交換した。 「その中に同じマンションの専業主婦のママがいたんですよ。彼女は御三家出身らしいんですが、市販の教材の内容にすごく詳しくてびっくりしました。公文やサピックスの市販ドリルの特徴も把握して使い分けをしていて。その人を通して知り合ったママたちも早稲田を出ていたり、国立大学を出ていたり。高学歴な専業主婦が多いんですよ」

夫は年収が1000万円超えの職業で、共働きならば23区に住めるが、埼玉に住んで、妻は専業主婦として子どもの受験に集中するわけだ。 「学歴へのこだわりが全然違うんですよ。うちの夫も『長女ちゃんもエンジニアになるなら豊島岡みたいな理系に強い学校がいいだろう』という考えで、あくまでも将来のキャリアを積むツールとして、学歴は必要だと考えているんです。だけど、あのママたちは学歴自体に価値があると考えています。学歴が自分たちのアイデンティティだからなのかなって。悪い人たちじゃないけれど、ちょっと怖いですよ。だって、こっちは子どもの受験は“手段”だと思っているのに、向こうは“自己実現”になっているみたいなんです」  エリート塾はテキストの内容が難しく、娘一人で解くことができないので、親が横でみてやる必要もある。夫は都心まで通勤をしているからなかなか塾通いのフォローをする余裕はなく、B子さんの負担は大きくなる一方だ。 「日能研に戻ってほしいと思っていますが、本人は今の塾で気の合う友達が何人かできているから変えたくないと言い出していて」  そういって、B子さんは大きくため息をついた──。  かつて、首都圏の中学受験は、高学歴の専業主婦のものだった。ゆえに首都圏の塾は面倒見がいいとはいえないところが多かった。なぜなら、ママたちは子どもを御三家に入れるためならどんな犠牲をも厭わなかったからだ。しかし、今、東京で中学受験に参戦するのは共働き家庭で、ママたちも子どもの受験に専念はできない。  しかし、昔ながらの「ガチお受験ママ」が埼玉には存在するようだ。彼女たちが醸し出す「なにがなんでも子どもは御三家に入れる」という信念に、B子さんは怯えながら塾のお迎えに通っているという。「地元の公立中学に進んで、高校受験をしてくれたら助かるな」という希望はもろくも崩れたのである。 (全6回、了。第1回から読む) 【プロフィール】 杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ)/ノンフィクションライター。2005年から取材と執筆活動を開始。『女子校力』(PHP新書)がロングセラーに。『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)も話題に。『中学受験ナビ』(マイナビ)では小説『ボリュゾっていうな!~ギャルママが挑む“知識ゼロ”からの中学受験ノベル~』を連載。

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